オンライン連載小説「リバウンド」

オンライン小説『リバウンド』-003 コンビニ

 

じっとりと暑い空気を浴びてコンビニへ向かった。暑さから意識をはずしていて麻痺させていたが、包帯の下に汗がぶわっと吹き出て気が狂うほど気持ち悪い。スニーカーをつっかけて永遠とも思える道のりをよろよろと歩いた。すれ違う主婦らはぼくをちらっと見るがすぐに目線をそらす。タバコ屋の前に立っていた老人が包帯巻きの両腕をじっと見ている。なんでもいいどうとでも判断してくれ交通事故でも工場火災でもなんでもいい。とりあえずほっといてくれ。ぼくは視線に抵抗できるものを何も持っていない。

冷房の効いたコンビニはまともな人間の世界だった。無数の商品やポスターや雑誌や流れる音楽は経済流通の産物で明るく効率的に営まれているように思えた。ぼくが暗い小さな部屋でのたうちまわっていることにはなんら関係がない。
すぐに食べられる物と飲む物とトイレットペーパーをがさがさと買った。レジの女の子がぼくのだした一万円札をこわごわ受け取ってすぐにカウンター下のタオルに手を伸ばして両手を拭くのが見えた。彼女は、おつりの札とコインをぼくの手に触れないように少し上からぼくの手のひらに落として目をそらした。ぼくは背中に火がつくような感じがした。きたないものは通報される。
その場から逃げるように店を出たがガラス越しに彼女がこちらを見て隣にいるおばさん店員と何か話しているのが見えた。涙が流れた。ぼくは病原菌なのだろうか?『セラ』を止めるとは、医者や会社やコンビニという社会の接点からはじかれることなのか。ぼくは頭がおかしいのだろうか。コンビニ袋を2つ持って部屋へ引き返した。

弁当とリンゴとバナナと1リットルの牛乳とオレンジジュースは重かった。さっきの老人がタバコをくわえてぼくの足先から頭のてっぺんまでをなんども見渡した。店の奥の誰かに声をかけている。部屋までの100メールあまりを逃げるように歩いた。急いだので両足の関節の裏に亀裂が入ってつまずきそうになる。涙で視界が曇ったが両手がふさがっていた。携帯電話で話しているビジネスマン風な男が角に立っていた。つやつやした顔に今風のヘヤカットで先の尖った茶色の靴を履いていた。清潔そうなスーツに猛烈に腹が立って嫉妬心がわいた。ぼくが朝からしたことは会社に病欠の電話をして薄汚い包帯を取り替えたことだけだ。なんとか目を伏せて通りすぎようとしたすれ違いざまに彼はスーツをぱんぱんとはらって距離をあけた。ぼくは、コンビニ袋を投げ捨てて彼に殴りかかり、そのつやつやした顔とスーツにこの血なまぐさい浸出液をなすりつけたくなった。どんな感じがするんだほら言ってみろよこのやろう。どんな気分なんだこのやろう。全身に汚いものが吹き出ていてもそんな風に立ってられるのかこのやろう。必ず殺してやるしやれるもんなら殺せこのやろう。くちびるを深く噛んで耐えた。どうしてこんなに苦しいのかわからないし食べ物を買うことがこんなに屈辱的なことであるのがわからないしこれがいつまで続くのかわからないがたぶん一生続くのだろうし何より今苦しくて苦しくて苦しくて痛くて痛くて痛くてこのまま道に倒れ込みたいがそうして救急車で病院に運ばれても「上手につきあっていきましょう」とたしなめられ一ミリも楽にならないことがわかっていてとにかく何もかもいますぐにやめたかった。

餓死するには時間がかかるし間が抜けているので何か具体的なことはないかと考えてみると部屋にはあの若い医者がくれた山ほどの睡眠薬があることを思い出して部屋まで帰る気力が少しでた。

2021.5

pixel2013 / Pixabay

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