オンライン連載小説「リバウンド」

オンライン小説『リバウンド』-024 ショウヤ

スタジャンを着てマフラーをしてビサと腕をくんで駅前まで歩いた。
共同でホームページを作り上げたことと冷たい風は二人を親密にした。ビサはそれがうれしいらしくはしゃいでいる。ドクターボノってすてきな人?奥さんはどんな人?と。
ぼくはさっきのあれこれメールが気になっていた。大きなさざなみが止まらない。

こじゃれた店よりなんとなく打ち上げ気分でショウヤに入った。夜中を過ぎていたがお店はスーツ姿のグループで混んでいた。会社に行ってたころはたいてい金曜の夜、制作の見積もり作業と社内の書類に追われていた。日中、とにかく根性で得意先を回ってたのでそういった作業はいつも夜遅くになってしまう。アシスタントのデスクにばさばさと書類を放り投げて東横線の終電にすべりこんでいた。深夜にまともな飯を食べようとおもったら居酒屋だと学ぶ。新聞を読むふりをして顔を伏せ、つまみを定食風にあれこれ食べ生ビールを飲み『セラ』を飲んだ。土曜日は昼過ぎまで起きられなかった。

ネクタイをしないで革靴をはかないでスニーカーではじめてこの店に来た。となりにビサがいる。ものすごく幸せな感じがしたがうまくなじめなかった。奥の席からスーツの男性たちの大笑いが聞こえる。たぶん取引先と飲んで最終的に同僚らとここに流れてきたのだろう。
囲炉裏の角の席に座り熱燗で小さくかちんと乾杯した。熱いサケはのどをとおり胃の中をじんわりあたためた。お皿からはみ出そうな大きなホッケをはしでつつきながらビサは言った。
「あのメールやらについてこれからどうするの?」
「わからない」
「ま~たはじまった」
「彼らは半年前のぼくなんだと思うけど、なんかその・・・どうしたら良いかわからない」
「まあそーよね、ほんとに困ってるんだと思うけど」
「あのテキストとバトルしたくないし、巻き込まれたくない。でも・・・」
「でも、なによ?」
「それをやらなきゃいけない気がするんだ」
「彼らが辛いのはあなたのせいなの?」ビサがホッケから顔をあげた。
「いや、そんなことはない」
「でしょ、じゃなんであなたがそうやって責任を感じる必要があるのよ?」
ビサは魚をたべるのが上手ではない。あちこちをつついて骨をとらないからそのうちはしをいれるところがなくなる。ぼくは真ん中の太い骨をはしで押してするっととった。ビサはやれやれという顔をして、「それは同情っていうのかしら」と言った。
いまでは、さざなみは大きくうねっている。その言葉を聞いたとたんにうねりが頭ぐらいのサイズにあがった。あの苦しみのままの誰かがおおぜいいると言う事実にぼくは飲み込まれつつある。
「治ったら治ったでややこしい性格ね、あなたは」
ビサはサラダをはしでばりばりと食べている。
「まあそう言うなよ」

体があったまったところで生ビールを頼んだ。冷たいビールは何かをやった感がしてうまい。そしていつものようにどうでもいいやという気持ちになれた。
厨房からフライパンをゆするガサゴソという音や冷蔵庫のドアを開け閉めするばたんばたんという音がひっきりなしに聞こえてくる。皿が触れ合う音やオーダーをとる店長さんの声が心地良い。店内に年末で週末の都会の深夜があたたかく進行していた。よくやってるよな俺たちとささやかな満ち足りた感を友人たちと味わえる居酒屋はいいなぁ。今日はとりあえず酔っちゃおうと思うに至った。となりにビサもいるし。
あっという間にそうなった。

2021.9

igorovsyannykov / Pixabay

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