オンライン連載小説「リバウンド」

オンライン小説『リバウンド』-033 エス市のカンファレンス〜コヤマ。

会場では救急車とパトカーとレスキューとあろうことか銃を携帯した特殊部隊まで来る騒ぎとなった。
服毒し先を詰めた散弾銃で自分を撃った男はノイローゼで通院歴があった。カワムラは事情聴取やらなにやらで夕方近くにやっと解放された。日に焼けた田舎顔の警察署長がまったくなんというかわれわれにはわからない世の中になってしまったものですなぁ先生と言った。この手の権益者は何もリスクをとらず何も生み出さない。違う惑星の生き物のように感じることがある。しかし、敵にしてはいけない。詳しい事情はまだわからないが予期せぬたいへんな事態が起こってしまったことは誠に残念である。警察及び関係各位の今後の調査などに全面的に協力していきたい。カワムラはお騒がせをしましたと深々と頭を下げた。

スズキの用意した楽屋代わりのホテルのスイーツでシャワーを浴び、備え付けのガウンを着て窓側のソファに腰をおろした時には日が暮れていいた。
「患者を会場に入れるなと言ったろう。やつらはあたまがおかしいからなにをしだすかわからんのだ」
コヤマはネクタイと髪がみだれている。ホテル特有のぶぅぅぅぅんという低くていびつな音が響いている。階下には見栄えのしないどこにでもある地方都市駅周辺の明かりが見える。
「彼は患者ではありません。医者なのです」コヤマが低くい声で言った。
「医者?」
「知ってるのか?」
「・・・はい」コヤマはうなずいた。
同期のまじめな医者だ。彼は大学病院勤務の後、実家のエス市で家業を継いだ。渓流つりとハンティングに造詣が深く、アメリカ留学時代フライを少しかじったコヤマとはうまがあった。何度かエス市のナカガワ上流でヤマメ釣りをした。小柄だが豪傑な男でテントでバーボンを飲みかわした翌朝4時にはあさもやの中にさおを振っていた。一人息子がひどい『ワイプ』で、親としてなんとかしてやりたい。せつないと言っていた。昨年、医師であった父親が過労で亡くなった。息子は祖父の元にいたが、その日に病院の屋上から飛び降りた。彼はひどく憔悴していた。つい先日の電話では「セラⅣ」の臨床開始時期を聞かれた。しばらく仕事を休んで休養をとるように話したばかりだった。
「ノイローゼだったんだろ?」
「眠れないと言っていました」
「よりによって会場で自殺するとはな」カワムラは頭をふった。「迷惑なやつだ」
「・・・そういう男ではないのです」コヤマは両手のひらで顔を覆った。
「現場に遺書などはなかったんだな?」
「あの騒ぎでしたから、わかりません」
新薬のコンファレンスで医者が自殺なんてしゃれにならない。いつものおかしな理屈をこねる患者だと思ってた。まったく迷惑な話だがちょっとまずいだろとカワムラは思った。
「あ~スズキくん、今日の件を、いや、なにね警察やらの調査を待たないと何もわからないんだがね、うん。全国の患者への影響なんかも考えてだね、うん。あれだ、新聞やらテレビやらに報道されるのをね、あー、しばらく止めることなんかはできるものなのかね?」
「はい。テレビの方はこれからスポンサー筋から連絡を入れれば問題ないでしょう。夕方のニュースの前にやらないといけませんね。問題は新聞ですね、すぐに確認しますが、たぶん、あすの朝刊の入稿が午前1時ごろなんで、いまからすぐに対応すればなんとかなるのではと思います。こちらはうちの媒体局からスポンサーを通してって事になるとおもいますが。多少費用の方が発生するかと」スズキは立ったまま言った。
「そうかねそうかねそれじゃ、あーひとつ頼むよ、いや、あれだよ、まず事実をきちんとしてだな、うん。誤解を患者や市民のみなさんにお伝えすることのないようにしてだね」
「りょうかいですカワムラ先生。とうぜんな配慮ですね。私どもの対応力にお任せください。本社の営業から経費関係のお見積もりをすぐにファックスさせますんで」
「ああぁ、いや、いいんだよ、うん。まかせるから、すぐにやってくれよ」
「ははい。了解しました。週刊誌なんかもやっときますね、ええ、こちらはサービスしておきます」
カワムラはうなずいて手ではやくたのむわとうながした。
スズキはご褒美をいただいた犬のように元気な声で返事をして席を立ち、ドア付近で携帯で電話をはじめた。
「・・・あ?そうだよ、うちのクライアントの意向だよ。あ?うちが年間どれくらい扱いがあるか知ってんの?あ?そうそう。それじゃよろしく。ピッ、ピッ、ピッ、あ~営業局のスズキだ、おまえさ・・・」と言いながらドアを開けて廊下に出て行った。
コヤマは見ていられないほど疲弊していて顔をゆがめていて真っ青だ。水色のレジメンタルタイはゆるんで曲がっていた。アメリカ教育的な自信が消えうせショックを隠せないひとりの男になっていた。カワムラはコヤマの育ちのよさについて考えていたが結局弱いやつだと思った。日本中で年間に何人交通事故で死んでいて、ガンやら心筋梗塞やら脳卒中やらで毎日何人死んでいて、C型肝炎で何人死んでいるかを我々は数字で知っている。自殺とは統計を取りにくいものだが、実際には年間70000人を越えていることも知っている。それらは我々医療従事者の責任ではない。スズキが息をはずませて戻ってきた。
「先生だいたい段取りがつきました」
こいつは使えるやつだ。経済活動従事者はシンプルで話が早い。
「ああぁ、ご苦労だったな請求はいつものようにまわしといてくれればいいよ」
「はい。先生ありがとうございます」
スズキはこのような空気を知っているし、あつかい方も知っている。金に繋げるやり方も知っている。
「さっ先生、今日はほんとにおつかれでしょう。近くにエス牛がおいしいと評判の店がありましたので席を予約しておきました。他の先生方もお呼びしております。食事の後、えー、少しリラックスされたらいかがでしょうか」
「さっ、コヤマ先生も」
コヤマは何も言わずゆっくり立ち上がるとドアを出て行った。
「コヤマくんは疲れているから部屋で休むそうだ。さぁそれじゃ、エス牛とお楽しみにいこうじゃないか。着替えるからちょっと待っててくれよスズキくん」
カワムラはベットルームで着替えた。ふと大きな鏡に自分の姿を見た。新調した濃紺のスーツ、英国製の靴。少し疲れてはいるが健康状態はいい。髪が薄くなってきているがまだまだいけるだろう。自分の稼ぎで女房子供に多くのものを与えている。冷や飯を食わされた時期も長かったが、これから元をとる。自分はそれにふさわしいのだ。カワムラはひとりうなずいて、部屋の電気を消した。

2021.12

 

PAGE TOP