オンライン連載小説「リバウンド」

オンライン小説『リバウンド』-039 レナの朝。

ひりひりと乾いて空が高く見える朝、レナは自宅から40分ほどの駅におりた。
改札をでるとすぐにこぎれいなカフェや、雑貨を売るお店や犬の洋服などを売るお店が連なっていた。雑誌の紙面のようだと思ったが、雑誌の紙面のような生活とはどんなものかわからなかった。ウェブ画面をプリントアウトした地図を見てスーパーの横の坂道を上った。ひとりで病院にいくのは慣れていたがもういくつめの病院だろう。『ワイプ』は適切な治療で治ると書いていた父親の本をこっそり読んだ。まじきもい。実際的に限界。自分で塗ってみろよ。なんであたしだけこんなめにあうの。まじむかつく。ネットには○○療法で『ワイプ』地獄から脱出したと言うチェックしきれないほどのホームページやブログ、SNS、コミュニティなどがあって片っ端から調べたが試すのは怖かった。『セラ』を使わないという医者のサイトを見つけた。どういうこと?京都の医者であったがその提携病院というのがこの駅の近くにあった。人間が本来持っている自然治癒力を高める治療と書いていた。そのフレーズはとても美しくそれがすべてなような気がした。レナは診察室で『セラ』を使わずに治したいと言った。日焼けして歯の白さがきわだつマッシュルームカットの医師はもったいぶってどうしたものかと考えているようであった。
「毒素を抜くまでちょっとたいへんかも知れませんよ」
レナは毒素を抜くというフレーズが天からの言葉のように聞こえた。そうなのよ私がこんなにひどいのは毒素がたまっているからなの。そうよ毒素をぬけばいいのよ。レナはしっかりとうなずいた。
「ふむ・・・それでは『セラ』を使わないで治しましょう」
日焼けマッシュルームは満足そうにうなずいた。
レナは『セラ』を使わないで治しましょうと医者から初めて聞いた。やっと出会えた。もうこれで治るのねとぞくぞくした。サイトを見つけて良かった。この医者は『ワイプ』患者を多く診察しているようだし治療には『セラ』がすべてではないと書いていた。
「セラは徐々にやめてください。まず顔に塗るのをやめて、2週間後に体に塗るのも止めてください」
マッシュルームがPCの画面を何度かクリックしながら言った。
レナは『セラ』をやめられるんだとそのことに安心した。マッシュルームが白いトレイにのせてある薬の説明をはじめた。
「この薬は炎症を押さえます。朝晩1錠づつ飲んでください。この白い錠剤は気分を安定させるお薬です。朝、晩2錠ずつ飲んでください。この赤い錠剤は抗生物質です。この白いカプセルは湿疹やかゆみを止めます。この薬は・・・」
レナはあわててカバンから手帳を取り出そうとした。
「処方箋にも書いてあるから大丈夫ですよ。この白いクリームは肌を収れんするお薬です、しっかり塗ってください」
日焼けマッシュルームは飲み薬を8種類、塗り薬を3種類、漢方薬を3種類処方した。「4週間後にまた来てください」
レナがシャツのボタンもはずさないうちに診察は終わった。
3軒となりの薬局で薬やボトルを受け取った。おせっかいそうなおばさんがたいへんでしょうががんばってえと言った。お前に何がわかる。何をがんばるんだよ。わかりもしないくせに。ふざけんな。聞こえないふりをしてお金を払う。高級住宅街を抜けて駅までの道を歩くと、気の早いクリスマスのディスプレイがあちこちにあった。世界とはこんなにきれいなんだ。信じていれば救われるんだ。『セラ』を止めてもいいんだ。私も治るんだ。もっと早くここに来ればよかった。今日は眠れるかもしれない。やりなおせるんだ。レナは手提げ袋いっぱいの薬を持って駅に急いだ。

2020.10.26

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