「まただわ」リタは地方紙を眺めてやりきれない気分になった。
「田舎の自殺か?」
デスクのアサノがオフィスに入ってきて挨拶がわりに言った。コートからは宿命的なタバコのにおいがする。アサノは席に着くとポケットからメンソールたばこを取り出し火を点けた。その仕草だけで腹が立つ。年末の合併号に向けて入稿が迫っている。はしにもぼうにもかからない記事を追ってないでさっさと目の前の仕事をしろと吐いた煙が言っている。リタはタンブラーから冷めてしまったコーヒーを飲んでその視線を完全に無視した。自分にとってどうでもいい情報を楽しそうな記事に書くことにうんざりしていた。苦いだけのコーヒーにもうんざりしていた。だいたいオフィスは禁煙だろ。まあ朝の一服くらいいいじゃんとにやけて同類項だろと視線をむけてくる中年男にうんざりしていた。
昨年の自殺者が4万人を越えていると官庁のウエブサイトが表示していた。欧米との比較があって、そんなにおどろく数字ではないが憂慮すべき数字であると書かれていた。この比較は何の検討にもならないことはこの記事の作成者にもわかっている気がしたし、そういう誰のためにもならなくて何も発信していないけれどコストをかけてとりあえずつくられている公式な記事にうんざりする。だいたい交通事故死亡者を自殺者が上回っている点にひとつも触れられていないことに腹が立つ。
エス市の新聞社のユウジンに電話した。
「エス市で自殺多いわね」
「おいおい久々に電話をくれたかと思ったらおはようもなしにヘビーな話題かよ」
「ちょっと多すぎでしょ?」
「そうだな」
ちりちりとしたノイズ音に距離を感じた。
「エス市になにが?」
「これは仕事の電話か?取材なのか?」
ユウジンは隠し事が下手でそこのところを突かれるとすぐに不機嫌になる。ちっとも変わっていない。
「自殺者が増えているのはお互い知っているわ、でもエス市の場合はそれが少し多いような気がするの。どうしておたくは記事にしないの?このへんはうちのデスクもとても興味を示しているの」
デスクが新人くんに恒例の朝のはっぱをかけている。右目でウインクした。おまえなぁいいかげんにしろよという顔を返してきた。
「えっ?そうなの?・・・いや、まいったな・・・もう週刊誌が嗅ぎつけてるのか?」
ほらすぐ引っ掛かる。
「おれはここの出身だし同期に3年遅れて入社したんだわかるだろう?」
「知ってるわ、あなたがんばったわ」
そこがかわいいと思ったこともあったなぁ。
「いや、うん・・・。ちょっと待ってくれ、とりあえずファックスするよ」
「ファックス?メールにしてよ」
「いやメールはまずい。すぐ送るからファックスの前に立っていてくれ」
と言うと電話がきれた。相変わらず素直なやつ。
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エス市近郊で自殺者が急増。彼らは他県から医療施設を訪れていた患者であったことが本紙の調べで明らかになった。・・・当該病院側は医療内容と患者の自殺に関して因果関係をあきらかにしていない。
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ファックスにはトンボがあり明らかに一度は入稿された記事原稿であることがわかる。リタは血管の中がポツポツと湧き出してくるのを感じた。
2021.7

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