新幹線を降りてすぐに驚いた。
待合室の6人がけソファーに座る全員が顔中に包帯を巻いていた。帽子を深くかぶっているものもいる。みな無口で周囲に緊張した空気が蔓延していた。電車が到着して、誰も聞いていないアナウンスが一瞬宙に漂って消えた。より我慢強い無口な時間がくっきりと流れた。みどりの窓口に並んでいるものや、おみやげやに立っているものの中にも同じように包帯を巻いた男女がいた。みなロングコートやダウンジャケットを深々と着込んで大きな荷物をいくつも持っている。話を聞いて写真を撮りたいと思ったが、誰にも話しかけられたくないという空気がひりひりと伝わってきた。地方駅でいつも感じるほんわかしたニホンノイイトコロ感を全く感じることができなかった。駅全体が山手線の車内のように無関心で緊迫している。奥のソファーを占領している地元の高校生らしき集団だけが意味もなくぎゃあぎゃあとさわいでいてほっとした。
「ほんとに来たのか?」ユウジンが言った。
「そう、いまタクシーの中。そっちに向かっているわ。オフィスに上がっていっていいかしら?」
「おいおい、いきなり週刊誌に来られるとまずいにきまっているだろう」
「あらそう?」
「あー、街道沿いにカフェがあるからそこにいてくれ。ちょうど昼だし30分ほどでいくよ」
「あ、知ってるわ、前に一度デートしたところでしょ?」
ユウジンは突っ込みになにも反応せずに電話を切った。めずらしいことである。リタは車窓から観光地を眺めた。季節のはじめの雪が道の端に追いやられほこりと排気ガスで汚れている。街道の両脇にツツジの枝が続いている。いまはじっとしていて4月の終わりごろピンクの花を咲かせてくれる。うっすらと雪をかぶった枝をいとおしく想う。私の仕事は何か彼らの役にたっているのだろうかと考え悲しい気持ちになった。
カフェは港区に絶対にないタイプですてきだった。エントランス横に大きな水出しコーヒーのフラスコがいくつもあり目を引く。日常からの移動は心地よい。目に入るものが新鮮で右脳が喜んでいる気がする。同じ時間なのに空間や場所が違うとこんなにも人は心穏やかになるものなのだろうか。自分と向き合うことがかけがえない時のように思える。分厚いマグカップで熱いコーヒーを一口飲んだ。
「おまたせ、ひさしぶり」
ユウジンは茶の千鳥格子のツイードジャケットを着て、大きなベージュのマフラーをしていた。
「少しやせた?」
「そお?」
「相変わらず激務なんじゃない?」
「毎日おおいなるスキャンダルとバトルしているわ」
「そっちは?」
「うん、なんだかんだでね」
マフラーをはずして無造作に隣の椅子に置くところや右足を上にして組むところは変わっていない。
「何か食べようよ、ここのクラブハウスサンドイッチは美味いよ」
ウエイトレスもウエイターも白いさっぱりとしたシャツに黒のサロンを腰にしていて清潔感があって気持ちがいい。
「ファックスありがと、仕事してるじゃん」
「あれはボツなんだ」
「でも一度は入稿されたんでしょう?」
「おまえさぁ同業者なんだからわかってんだろう?」
「お互い知らない仲というわけでもないしね」
スタイルの良いウエイトレスがユウジンの前にコーヒーを置くとさっと笑顔を見せて戻っていった。知り合いらしい。まあいい。ここは彼の地元だしもうどうでもいい。だいたい彼にはもう二人も子供がいるのだし。
2021.7

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